「蒸気機関車がいた時代」

常磐線 その1

東日本大震災から6年を過ぎましたが、いまだに常磐線には不通区間が残っています。
戻れることなら戻りたいあの頃の常磐線です。

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植田駅 【昭和37年8月】
上り寝台急行18列車「北斗」、7時過ぎに植田を通過。


 久ノ浜駅 C61とD51 【昭和37年12月】
貨物列車を追い抜く下り普通列車。常磐線の単線区間はこのように中一線が多かったと記憶している。


 久ノ浜駅 【昭和37年12月】


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 久ノ浜駅 【昭和37年12月】


 久ノ浜駅 C60 【昭和37年12月】
C60が牽く上り普通列車が到着。荷物車が3輌もついている。


四倉駅 【昭和37年12月】
住友セメント四倉工場入換えで活躍する英ナスミス・ウィルソン社製の600型。


四倉駅 【昭和37年12月】
まさに古典ロコの美しさがある。


平駅 C60 【昭和37年12月】
ここまでの写真はキャノネットで撮ったもの。


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富岡-夜ノ森 D51 【昭和39年5月】
初めての一眼レフでの撮影。場所は趣味誌の写真を見て富岡-夜の森とした。


富岡-夜ノ森 D51 【昭和39年5月】


富岡-夜ノ森 C62 【昭和39年5月】
6時前の原ノ町始発水戸行きの普通230列車、10輌も牽いている。


富岡-夜ノ森 C62 【昭和39年5月】


富岡-夜ノ森 C62 【昭和39年5月】
北海道連絡の青森発夜行急行列車がたくさん走っていた。これは6時過ぎの寝台急行18列車「北斗」、やがて昭和40年10月のダイヤ改正で格上げされ特急「ゆうづる」となった。


富岡-夜ノ森 C62 【昭和39年5月】


富岡-夜ノ森 C62 【昭和39年5月】
6時40分過ぎ、勿来始発仙台行きの247普通列車が行く。


富岡-夜ノ森 C62 【昭和39年5月】


富岡-夜ノ森 【昭和39年5月】
この年の秋に東京オリンピックが開催された。


富岡-夜ノ森 C62 【昭和39年5月】
7時頃、16列車「十和田」がやってきた。列車の接近に驚いたヤギがこちらに向かって逃げてくる。


夜ノ森駅 C62 【昭和39年5月】
新地始発平行きのり232普通列車が8時過ぎに到着。


平機関区 【昭和39年5月】
帰りに平機関区に行くと美しいC62がゴロゴロいて圧倒された。


平機関区 【昭和39年5月】


平機関区 【昭和39年5月】


平機関区 【昭和39年5月】  


 
 
平機関区 【昭和39年5月】  


 
 
平機関区 【昭和39年5月】  


 
 
平機関区 【昭和39年5月】  
9600とC62。


 
 
平機関区 【昭和39年5月】  


 
 
平機関区 【昭和39年5月】  
美しいC62が勢ぞろい。


 
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平機関区 【昭和39年5月】  


【常磐線は次回その2で終了です】
 
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