「蒸気機関車がいた時代」

豊肥線・高森線

豊肥線・高森線はほんの少ししか撮れなかった。

この地区は平成28年4月の「熊本地震」による甚大な被害で未だに不通区間がある。
豊肥線不通区間】 【高森線不通区間

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立野駅 【昭和39年12月】
立野駅Wikiは雄大な規模を持つ3段式スイッチバック構造を持つ。メモによるとこの日は八代8:40発準急「くまがわ」で熊本9:17着、9:34発準急「第2火の山」に乗り換え立野に10:16着とある。この写真は当日の最初のカットだが2番線に停車中の「準急」のサボが入った1等車付きのキハ58系車輌(向きは不明だがスイッチバックであることから熊本から来た「第2火の山」か)がいる。一方、正面奥の高い位置を走る列車(これも向きは不明だが熊本行き列車か)は6輌のキハ58系車輌に見える。しかし当時の時刻表を見ると10時過ぎの豊肥線列車は下りの「第2火の山」と上りの宮地始発の728Dしかないが時刻表では728Dが先着して「第2火の山」を待つ設定になっている)昭和39年12月号の時刻表を調べたが臨時列車はないので、優等列車に見えるが山を下りてくる列車は728Dということなのだろうか。謎になってしまった。


立野駅 【昭和39年12月】
下り貨物列車が折り返し線を後退する。


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立野-赤水 【昭和39年12月
赤水に向けて上る。


立野-赤水 【昭和39年12月
豊肥線の写真は上に掲載の立野の4枚のみしかない。


立野駅 【昭和39年12月】
0番線に停車中の11:14立野始発の高森行き115混合列車。


立野-長陽 【昭和39年12月
安易だが有名な第一白川橋梁の手前で撮ることにした。


立野-長陽 【昭和39年12月


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立野駅 【昭和42年7月
混合列車に乗りたくて高森線を再訪した。0番線には立野11時25分発の高森行き125列車が停車中。豊肥線の1・2番線ホームは0番線ホームとは重ならない配置で、この画面の右手前にある。


立野-高森間 【昭和42年7月
125レ車窓から。


立野-高森間 【昭和42年7月
125レ車窓から。


高森-阿蘇白川 【昭和42年7月 連続写真1/4
高森駅から歩いて125レ折り返し13時過ぎの126レを撮った。


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高森-阿蘇白川 【昭和42年7月 連続写真2/4


高森-阿蘇白川 【昭和42年7月 連続写真3/4


高森-阿蘇白川 【昭和42年7月 連続写真4/4


 
熊本機関区 【昭和39年12月】  
C12は高森線用、C11は三角線用。


 
熊本機関区 【昭和39年12月】
豊肥線用の9600。


熊本機関区 【昭和39年12月】


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熊本機関区 【昭和39年12月】
もちろん本線貨物用のD51もいる。


当時の熊本機関区の主はC59だった。
鹿児島本線 田原坂・熊本機関区」 
2011.5/1〜8/31
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