「蒸気機関車がいた時代」

花輪線 龍ヶ森の冬 その3 龍ヶ森駅

龍ヶ森駅周辺は国鉄施設が数棟あるだけで、晩秋から初冬に行った時にはあまりの荒涼とした景観に唖然とした記憶がある。すぐ近くに未舗装の県道(現国道282号)があったが交通量も極めてわずかで、周辺には人の気配が全く感じられない原野に近い風景が延々と続いていた。しかし龍ヶ森そのものがスキー場だったので、かえって真冬のほうが活気が感じられた。週末には盛岡から「龍ヶ森銀嶺号」というスキー列車も走っており結構賑わっていた印象がある。
ここでは龍ヶ森駅構内の写真をまとめました。

花輪線 龍ヶ森 -初冬-2011. 11/15〜3/14
花輪線 岩手松尾 -冬-
2014. 2/1〜5/31
花輪線 龍ヶ森の冬 その12014. 5/1〜8/31
花輪線 龍ヶ森の冬 その22014. 9/1〜12/31

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【昭和40年12月】
快晴の朝、南部富士「岩手山」が秀麗な山容を見せるなか、ゆっくりゆっくりとブラスト音が近づく。やっと3本の煙が見えてきた。


【昭和40年12月】
カメラの位置はスキー場の入口なので、画面右下にスキーの跡が見える。


【昭和40年12月】


【昭和40年12月】
3重連の貨物列車が到着。


【昭和40年12月】
岩手山が美しい山容を見せる朝、大館6:10発の盛岡行き1926列車が発車していく。


【昭和40年12月】
岩手松尾までは急な下り坂が続く。


【昭和40年12月】
 重連の貨物列車と夕方の盛岡行き気動車が交換、盛岡に帰るスキー客がどっと乗り込む。
 
気動車の左に「龍ヶ森ヒュッテ」として使われていたオハ31系客車5輌が見える。客車は台車を外され古枕木の上に乗せられて上り線の脇に置かれていた。このヒュッテでは豚汁、かつ丼、カレーライスなど暖かいご飯が食べられとてもありがたかった。また蒲団ではなく寝袋だったと記憶しているが素泊まり250円で宿泊も出来、レイルファンにとっても最高の環境だった。特別に寒い朝、食堂においてあったビンのコーラがシャーベット状に凍っていたのには驚かされた。


【昭和40年12月】


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【昭和40年12月】


【昭和40年12月】
荒屋新町で待機していた上りの回送の「龍ヶ森銀嶺号」が進入、龍ヶ森から客扱いする。


【昭和40年12月】
龍ヶ森スキー場には一般客用の駐車場はおろかアクセスする道も冬はなく、花輪線で行くしかなかったようだ。


【昭和40年12月】
盛岡行き「龍ヶ森銀嶺号」の発車。


【昭和43年2月】


【昭和43年2月】


【昭和43年2月】


【昭和43年2月】
スキー帰りの客が列車を待つ。


【昭和44年2月】


【昭和44年2月】


【昭和44年2月】


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【昭和44年2月】


【昭和44年2月】


【昭和44年2月】


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【昭和44年2月】  
発車する下り貨物列車。R300の連続する33.3‰は慎重なブレーキ操作が必要だ。


 
 
【昭和44年2月】  
凍てついた客車が峠の冷え込みを物語る。


 
 
【昭和44年2月】  
急行「みちのく・陸中」が臨時停車中。


 
 
【昭和44年2月】  


 
 
【昭和44年2月】  
雪晴れの朝、峠を制し龍ヶ森駅に到着する盛岡行き1926列車。


 
 
【昭和44年2月】  


 
 
【昭和44年2月】  


 
 
【昭和44年2月】  


 
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【昭和44年2月】  


【花輪線は今回で終了です】


 
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