「蒸気機関車がいた時代」

日豊本線
 宮崎機関区

日豊本線はD50、D60が走っていたこともあり、北部の柳ヶ浦、宇佐、日出あたりで初期のころに少しだけ撮ったことがある。九州内を夜行列車で移動していると端から端まで行ってしまうことが多く、日豊本線の中央部は宗太郎越えをはじめ、行きたい場所もあったが朝からとることが難しかったことも理由の一つになり結果的に全く撮っていない。南部はどうかと言うと、C55、C57が走り好撮影地も多かったが、なぜか中途半端になってしまい心残りになっている。

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宮崎機関区 【昭和40年7月】
宮崎機関区入口。日南線用のC11が見える。


宮崎機関区 【昭和40年7月】
ハンプに石炭を積んだ貨車をあげ、炭台に石炭をおろし、そしてベルトコンベアで炭水車に積む方式だったようだ。。


宮崎機関区 【昭和40年7月】
とにかくC55がまさにゴロゴロしており、夢中になって撮り続けたことを覚えている。


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宮崎機関区 【昭和40年7月】
C55は門デフが一番似合う機関車だったと思う。


宮崎機関区 【昭和40年7月】


宮崎機関区 【昭和40年7月】


宮崎機関区 【昭和40年7月】


宮崎機関区 【昭和40年7月】
扇形庫はなかった。


宮崎機関区 【昭和40年7月】
夏の暑い盛りの時刻だが、都会の暑さとは全く違う印象が残っている。


宮崎機関区 【昭和40年7月】


宮崎機関区 【昭和40年7月】


宮崎機関区 【昭和40年7月】


宮崎機関区 【昭和40年7月】


宮崎機関区 【昭和40年7月】
志布志線用のC58。


宮崎機関区 【昭和40年7月】


宮崎機関区 【昭和40年7月】


宮崎機関区 【昭和40年7月】
やはりC55は宮崎の顔という印象があった。


宮崎駅 【昭和46年11月】
6年ぶりに宮崎機関区に行くつもりだったが、夕方の光線がよかったのでホームから撮影した。それほど宮崎の機関区はホームの眼の前だった、


   
宮崎駅 【昭和46年11月】  


 
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宮崎駅 【昭和46年11月】
前夜18:30に東京を出た16:20発の下り特急「富士」が到着。時刻と西日が当たっていることから間違いなく下りだが・・・


宮崎駅 【昭和46年11月】
鹿児島までの客がこんなにたくさんいるとは・・・。延岡以南は自由席で乗れたので区間特急のイメージで利用されていたと思われる。なかには新婚旅行客もいるのかも。


宮崎駅 【昭和46年11月】
鹿児島まで2時間半の旅。


宮崎機関区 【昭和46年11月】  
大分運転所のDF50の前面ガラスを清掃している。DF50の乗務員がやっているのだろうか。宮崎機関区のC61の機関士が声をかけているように見える。


 
   
宮崎機関区 【昭和46年11月】  


 
 
宮崎機関区 【昭和46年11月】  


 
 
宮崎機関区 【昭和46年11月】  


 
 
宮崎駅 【昭和46年11月】  


 
 
宮崎機関区 【昭和46年11月】  
炭水車を清掃している。さすが九州の蒸機がきれいなわけだ。


 
 
宮崎駅 【昭和46年11月】  
都城発新大阪行き特急「彗星」が到着、ホームの活気が懐かしい。


 
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宮崎駅 【昭和46年11月】  
「彗星」と交換して16:44発1547列車で都城へ向かう。夜行の1122列車で筑豊に行くので最後の九州の旅、南九州とは今晩でお別れだ。


 

日豊本線 柳ヶ浦 急行「日向」臨時停車」 2011. 9/15〜1/14
日豊本線 大分機関区・宇佐・日出・今津
 2012. 12/1〜3/31


 
 
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