「蒸気機関車がいた時代」

小海線 その5 昭和46年12月・47年2月

臨時列車はなかったが、気温が下がり山が最も美しい真冬にも行くことにした。

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【昭和46年12月】
前夜こちらの天気予報を確認して出てきた。快晴になりそう。


小淵沢-甲斐小泉 【昭和46年12月】 連続写真1/5
快晴と思ったが高い雲が多い。朝の193列車が上ってくる。この列車を追いかけつつ数カット撮り、上り194列車は撮らずに帰京するパターンを繰り返した。


 
小淵沢-甲斐小泉 【昭和46年12月】 連続写真2/5  


 
小淵沢-甲斐小泉 【昭和46年12月】 連続写真3/5


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小淵沢-甲斐小泉 【昭和46年12月】 連続写真4/5


小淵沢-甲斐小泉 【昭和46年12月】 連続写真5/5


清里駅 【昭和46年12月】


「ドライブイン国界」 【昭和47年2月】
昭和47年2月、初めて厳冬の清里、野辺山に行くことにした。
国道20号線の山梨/長野県境の国界橋先の小淵沢駅方面の分岐の手前に「ドライブイン国界」という長距離トラックの多い24時間営業の店があり、時間調整で毎回必ず利用した。中央西線に行くときもここまでは同じだが、当時はもちろんコンビニはなく、ドライブイン(懐かしい響きだ)も24時間開いているところは少なかったのでありがたかった。


 小淵沢 【昭和47年2月】
早めに「ドライブイン国界」を出て、初めて小淵沢駐泊所?を訪問した。とにかく寒い!


小淵沢 【昭和47年2月】


 
小淵沢 【昭和47年2月】  


 
小淵沢 【昭和47年2月】


小淵沢 【昭和47年2月】
屋根にも霜が降りている。


 
小淵沢 【昭和47年2月】  


 
 
小淵沢 【昭和47年2月】  


 
 
小淵沢-甲斐小泉 【昭和47年2月】 連続写真1/4
朝の193列車。朝日の出ている東側はよく晴れているが、上空には雲が多く山の稜線がくっきりと出ない。


小淵沢-甲斐小泉 【昭和47年2月】 連続写真2/4


小淵沢-甲斐小泉 【昭和47年2月】 連続写真3/4


小淵沢-甲斐小泉 【昭和47年2月】 連続写真4/4
八ヶ岳側はもっと雲が多いので予定を変更、今回はここでやめて快晴確実の予報が出た時に出直すことにした。


小淵沢-甲斐小泉 【昭和47年2月】 連続写真1/5
快晴確実の予報が出て、2月にもう1回行った。これも193列車。丸1日いてもこの列車と午後の194列車の貨物2本しか撮れなかったので、この193列車を追いかけながら4か所ほどで撮り、それから帰京することが多かった。


小淵沢-甲斐小泉 【昭和47年2月】 連続写真2/5
鳳凰三山、左から地蔵岳、観音岳、薬師岳。


小淵沢-甲斐小泉 【昭和47年2月】 連続写真3/5


小淵沢-甲斐小泉 【昭和47年2月】 連続写真4/5
通称「かいごま」と呼ばれる甲斐駒ケ岳


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小淵沢-甲斐小泉 【昭和47年2月】 連続写真5/5
このあと追いかけて撮ったが、それは次回とします。


【「小海線」は7回に分けて掲載中です】

小海線 その1 昭和43年9月
小海線 その2 昭和44年7,9月
小海線 その3 昭和44年9月

小海線 その4 昭和45年8月、昭和46年9,10月


 
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