「蒸気機関車がいた時代」

小海線 その2 昭和44年7,9月

昭和43年9月の時は天気に恵まれなかったので、この年からは電話で現地の天気予報を聞き天候と自分の予定を調整して行くことにした。

小海線 その1 昭和43年9月

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小淵沢-甲斐小泉 【昭和44年7月】
朝靄が残る中を「八ヶ岳高原号」がゆっくりと上ってくる。背後の南アルプスが全く見えないが、このあと標高が上がるか気温が上がると晴れになるはず。
手元の1970(昭和45)年10月改正時刻表によると、新宿1:00発の「霧ケ峰高原号」に併結され小淵沢6:12発の8135列車「八ヶ岳高原号」となる。


小淵沢-甲斐小泉 【昭和44年7月】


清里駅 【昭和44年7月】
清里発車!


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野辺山駅 【昭和44年7月】
野辺山到着。


野辺山駅 【昭和44年7月】
野辺山7:32着。ここが終着駅だった。


野辺山駅 【昭和44年7月】
上りの八ヶ岳高原号」は14:35発、小海あたりまで回送留置していたのだろうか。回送の「八ヶ岳高原号」の写真が1枚もない。


野辺山駅 【昭和44年7月】


野辺山-信濃川上 【昭和44年7月】
信濃川上からの単機回送。


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清里-野辺山 【昭和44年7月】
定期貨物列車は荷物がないようだ。


野辺山-信濃川上 【昭和44年7月】
単機回送。


野辺山-信濃川上 【昭和44年7月】


海尻-松原湖 【昭和44年7月】
上り定期貨物列車。


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海尻-松原湖 【昭和44年7月】


野辺山-信濃川上 【昭和44年9月】
2ヶ月後の9月にまた行った。7月は野菜臨時はなかったが、9月のお彼岸前後には野菜臨時と「八ヶ岳高原号」の両方を撮ることができた。


野辺山-信濃川上 【昭和44年9月】
昼間は気温が上がるが、それでも見上げれば秋の空。


野辺山-信濃川上 【昭和44年9月】 連続写真1/5
収穫の終わった野菜畑の脇を単機回送のC56がトコトコと行く。


野辺山-信濃川上 【昭和44年9月】 連続写真2/5


野辺山-信濃川上 【昭和44年9月】 連続写真3/5


野辺山-信濃川上 【昭和44年9月】 連続写真4/5


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野辺山-信濃川上 【昭和44年9月】 連続写真5/5
写真はないが、大型トラックが畑に乗り入れてその場で箱詰めした野菜を積み込んでいるのを何回も見た。そろそろ鉄道からトラックへ輸送手段が変わりつつある時期だったのだろう。


清里駅 【昭和44年9月】
上りの「八ヶ岳高原号」到着。


清里駅 【昭和44年9月】


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野辺山-信濃川上 【昭和44年9月】  
上り貨物列車。


 
 
佐久広瀬-佐久海ノ口 【昭和44年9月】


 
 
小淵沢-甲斐小泉 【昭和44年9月】  


 
 
小淵沢-甲斐小泉 【昭和44年9月】  
今晩遅くまでに東京へ運び明朝の野菜市場に出るのだろう。


 
 
小淵沢-甲斐小泉 【昭和44年9月】  
空車の野菜臨時の帰りの列車か。稲の刈り取りも終わっている。


 
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小淵沢-甲斐小泉 【昭和44年9月】  


【小海線は7回に分けて掲載中です】


 
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