「蒸気機関車がいた時代」

小海線 その1
  昭和43年9月

八ヶ岳、南アルプスなどの高峰を間近に臨む小海線は、小淵沢-清里間は山岳路線、その先信濃川上までは高原の様相を見せており東京から近かったこともありよく出かけた路線だ。初めて行ったのは中学を卒業したばかりの昭和39年3月のことで、一番列車で清里に上がったがみぞれが降る悪天候でどうにもならなかったことを覚えている。
小海線を再訪したのはかなり経った昭和43年9月。この時は東京の天気予報を見て出発したが、現地に来てみると小淵沢はどんよりとした曇り、清里から上は雨になったので写真はそこそこにして、次回以降の撮影のために撮影ポイント、道路の調査をかなりやることになる。
小海線は東京から距離的にちょうどよく、この時以降は車で気軽に行くようになり昭和47年秋の無煙化までに10回ほど訪れることになった。

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小淵沢-甲斐小泉 【昭和43年9月】
東京は「晴れ時々曇り」の予報だったが小淵沢は朝からどんよりした曇り空。背景の南アルプスは雨だろうか。旅先の天気予報が簡単にわかる時代ではなかった。


小淵沢-甲斐小泉 【昭和43年9月】 連続写真1/4
八ヶ岳は裾野しか見えなかった。


小淵沢-甲斐小泉 【昭和43年9月】 連続写真2/4
今回の目的は高原野菜を運ぶ臨時貨物列車だった。通風をよくするため通風車の扉は全開にして端木材を組み合わせ押さえ木にしている。


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小淵沢-甲斐小泉 【昭和43年9月】 連続写真3/4


小淵沢-甲斐小泉 【昭和43年9月】 連続写真4/4


野辺山駅 【昭和43年9月】
山の天気は変わりやすい。標高の高い清里から上は雨だった。


野辺山駅 【昭和43年9月】


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清里-野辺山 【昭和43年9月】
野菜臨時のカラの戻りの列車だろうか。


清里-野辺山 【昭和43年9月】
これは定期の194列車。


清里-野辺山 【昭和43年9月】
当時は砂利道の踏切がどこにでもあった。


野辺山-信濃川上 【昭和43年9月】 連続写真1/3


野辺山-信濃川上 【昭和43年9月】 連続写真2/3


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野辺山-信濃川上 【昭和43年9月】 連続写真3/3
逆向きの回送後補機がついている。


野辺山-信濃川上 【昭和43年9月】 連続写真1/3
高原野菜の畑は野辺山-信濃川上間にあった。


野辺山-信濃川上 【昭和43年9月】 連続写真2/3


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野辺山-信濃川上 【昭和43年9月】 連続写真3/3


【小海線は7回ほどに分けて掲載します】


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