「蒸気機関車がいた時代」

中央西線 木曽の路 その1 贄川から鳥居峠へ

中山道木曽路とは、北から贄川、奈良井、薮原、宮ノ越、福島、上松、須原、野尻、三留野、妻籠、馬籠の十一宿のことだが、このうち贄川-三留野(現南木曽)の区間には中央西線が走っている。木曽谷は両側から山が迫っており、空は狭く道は険しい。しかし川留めが多かった東海道に比べ距離が長いにもかかわらず中山道を通る旅人が多かったと聞く。

贄川 【昭和43年11月4日】
気温が上がった暖かい午後、美しい鉄橋を渡る。


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木曽平沢-奈良井 【昭和44年6月】
松本発名古屋行き826列車が行く。(8時40分頃)


木曽平沢-奈良井 【昭和43年11月1日】
特急「しなの」が行く。


木曽平沢-奈良井 【昭和43年11月4日】
光線の向きから午後の列車に見える。


木曽平沢-奈良井 【昭和42年5月4日】
初めて中央西線に行った際の写真。木曽平沢-奈良井間のような気がする。


奈良井駅 【昭和44年6月】
朝の奈良井駅。鳥居峠を越えてきた中津川始発塩尻行き823列車が塩尻へ向かう。(8時16分頃)


奈良井駅 【昭和43年11月1日】
気持ちのいい秋晴れ。


奈良井駅 【昭和43年11月1日】
この普通列車は、この奈良井駅で優等列車に追い越されたようだ。


奈良井-藪原 【昭和43年11月2日】
豊口隧道を出て峠に向かう貨物列車。 鳥居峠は昭和44年秋に新線が開通しこの区間は廃線となった。


奈良井-藪原 【昭和42年5月4日】
松本発名古屋行き830列車が峠に向かう。(14時30分頃)
鳥居峠は中山道の難所で、奈良井側はやがて日本海に注ぎ、藪原側は太平洋に注ぐ分水嶺。



奈良井-藪原 【昭和42年5月4日】


奈良井-藪原 【昭和42年5月4日】
峠を越えてきた重連の貨物列車。


奈良井-藪原 【昭和42年5月4日】
名古屋から新潟へ向かう急行「赤倉」の見事な12両編成。(14時過ぎ)


奈良井-藪原 【昭和43年11月1日】


 
奈良井-藪原 【昭和43年11月1日】  


 
奈良井-藪原 【昭和43年11月4日】


奈良井-藪原 【昭和43年11月1日】連続写真1/4


奈良井-藪原 【昭和43年11月1日】連続写真2/4


奈良井-藪原 【昭和43年11月1日】連続写真3/4


奈良井-藪原 【昭和43年11月1日】連続写真4/4


奈良井-藪原 【昭和43年11月1日】


奈良井-藪原 【昭和44年6月】


奈良井-藪原 【昭和42年5月4日】  


 
 
奈良井-藪原 【昭和44年6月】  


 
 
奈良井-藪原 【昭和43年11月4日】連続写真1/3  


 
奈良井-藪原 【昭和43年11月4日】連続写真2/3  


 
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奈良井-藪原 【昭和43年11月4日】連続写真3/3  
鳥居トンネルの入口までもう少し。


 
 
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