「蒸気機関車がいた時代」

関西本線 加太越え その5 柘植-1

柘植は特に好きな駅だった。

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【昭和44年10月】
柘植には機関支区があった。


【昭和44年10月】
ここにはかつて鳥羽快速の後補機C51がいた頃に来たことがある。


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【昭和44年10月】


【昭和44年10月】


【昭和44年10月】


【昭和44年10月】


【昭和44年10月】
後補機の連結作業。信号取扱所の建屋がとてもいい。


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【昭和46年11月】
柘植駅1番線から、6:52発の草津線経由京都行き752列車が分岐を幾つも渡りながら出発していく。


【昭和44年10月】 連続写真1/3
草津線からの上り貨物列車が到着。


【昭和44年10月】 連続写真2/3
奥に見えるD51はこの列車の後補機となる。


【昭和44年10月】 連続写真3/3


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【昭和44年10月】
本務機に呼応し、後補機が発車の汽笛を鳴らす。


【昭和44年10月】
中在家側は大きく左にカーブしている。


【昭和44年10月】
普通列車は朝夕の一部を除くと気動車で、初めて行った昭和39年には既にキハ35が走っていた。


 
【昭和46年11月】  


 
【昭和44年10月】
峠側は大きくカーブしており、重い貨物列車の牽き出しはきつかった。


【昭和44年10月】


【昭和44年10月】


【昭和44年10月】


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【昭和44年10月】


【昭和44年10月】


【昭和44年10月】


【昭和44年10月】  


 
 
【昭和44年10月】  


 
 
【昭和44年10月】  


 
【昭和44年10月】  
これはC58の後補機、亀山区の機関車が信楽線貨物列車の仕業を終え、回送で帰区するようだ。


 
 
【昭和44年10月】  


 
 
【昭和46年11月】  
朝もやが残る中を峠に向かう上り貨物列車。


 
 
【昭和46年11月】  


 
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【昭和46年11月】  


 
【「加太越え」は次回で終了です】

 
関西本線 鳥羽快速とC51」 2011. 10/15〜2/14掲載
関西本線 中在家信号場」 2011. 12/15〜4/14掲載
関西本線 加太越え その1 亀山・加太駅」 2017. 4/1〜7/31掲載
関西本線 加太越え その2 加太-中在家の1」 2017. 8/1〜11/30掲載
関西本線 加太越え その3 加太-中在家の2」 2017. 12/1〜2018. 3/31掲載

関西本線 加太越え その4 中在家信号場」 2018. 4/1〜7/31掲載
 
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