「蒸気機関車がいた時代」

関西本線 加太越え その1 亀山・加太駅

関西本線で初めて撮ったのは昭和39年3月で、目的は鳥羽快速の後補機仕業のC51だった。あっという間にC51は休・廃車になり、その後5年ほど間隔があいたが仲の良かった大学の友人の実家が四日市にあり、そこを足場にして昭和44年と46年の秋に計7日間ほど加太-柘植間で撮影することができた。泊りは友人宅で、移動用に俊足の日産ブルーバード510SSSを貸してもらい加太、柘植などへ通うという恵まれた環境だった。C51も消えて久しかったが、重装備のD51が後補機付きで活躍する山岳線として、この時に本当の「加太越え」の魅力を知ることとなった。

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亀山機関区 【昭和44年10月】


亀山機関区 【昭和44年10月】


亀山機関区 【昭和44年10月】


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亀山機関区 【昭和44年10月】
亀山には紀勢線、関西本線亀山以東を走る集煙装置のないD51もいた。


亀山機関区 【昭和44年10月】


亀山機関区 【昭和44年10月】


亀山機関区 【昭和44年10月】


亀山機関区 【昭和44年10月】


関-加太 【昭和44年10月】


関-加太 【昭和44年10月】
格調高い造りの坊谷トンネルから下り貨物を牽くD51が出てきた。集煙装置を作動させているようだが、古い隧道のためか断面積が小さ過ぎるように見える。


加太駅 【昭和46年11月】
木枠の窓ガラス、羽目板が懐かしい加太駅。この駅は両方向ともに大きくカーブしており、いかにも狭隘な峠のふもとの雰囲気がある。そこを後補機付きの貨物列車同士が交換するシーンも見られ、構内、駅舎、駅周辺の景観の美しさと相まって何時間いても飽きないところだった。


 
加太駅 【昭和46年11月】  
下り貨物列車が進入、この列車は名古屋行きの気動車とここで交換となる。


 
 
加太駅 【昭和46年11月】  
編成が長いせいか上り線への渡り通路をD51がふさいでしまったので、パイプ椅子を置いてそれを足場にして降りている。今日は日曜日、気のせいか名古屋行きの気動車列車を待つ乗客たちにあわただしさは感じられない。

 
 
加太駅 【昭和46年11月】  


 
加太駅 【昭和46年11月】


加太駅 【昭和46年11月】
手ぶらの高校生がたくさん待っている。今日はなにか行事でもありそうに見える。


加太駅 【昭和46年11月】
ホコリが立たないように打ち水してある。よく見られた光景だが、駅は本当に大事にされていた。


加太駅 【昭和44年10月】


加太駅 【昭和44年10月】


加太駅 【昭和46年11月】
3列車交換のため停車時間が長い。


加太駅 【昭和46年11月】


加太駅 【昭和46年11月】
上り貨物列車が通過、下り貨物列車は下り急行の追い抜き待ちもあり奥の3番線に停車している。


 
加太駅 【昭和46年11月】  


 
加太駅 【昭和46年11月】  
駅の北側にはお寺があった。炭水車の左上に鐘楼が見える。鉄道ができるときにはお寺の敷地を譲りうけ駅を造ったとしか思えない位置関係だった。


 
 
加太駅 【昭和46年11月】  
上り貨物列車が交換待ちで停車中、待ち時間が長いので二人とも炭水車に上った。


 
 
加太駅 【昭和46年11月】  
石炭が減っているのでかき寄せしてるようだ。


 
 
加太駅 【昭和46年11月】 連続写真1/5  
後補機付きの貨物列車が加太駅を通過、後補機付きどうしの交換。


 
 
加太駅 【昭和46年11月】 連続写真2/5  
後補機のD51が豪快に押し上げる。


 
 
加太駅 【昭和46年11月】 連続写真3/5  
機関車の熱、煙と焼けた油の匂いが残る。


 
 
加太駅 【昭和46年11月】 連続写真4/5  


 
加太駅 【昭和46年11月】 連続写真5/5  


 
 
加太駅 【昭和46年11月】  


 
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加太駅 【昭和46年11月】  
本務機に呼応して汽笛が谷間に響き渡る。


【「加太越え」はその4まで続きます】

 
関西本線 鳥羽快速とC51」 2011. 10/15〜2/14掲載
関西本線 中在家信号場」 2011. 12/15〜4/14掲載


 
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