「蒸気機関車がいた時代」

夏・筑豊線 冷水峠

昭和40年夏の筑豊にはまだ石炭列車がたくさん走っており、複線の架線がない大きな空の下をD50、D60、9600、8620、C55が右から左から次々にやってきた。しかし飯塚の南、博多への近道の篠栗線分岐駅である桂川を過ぎると様相は一変しローカル線の雰囲気となる。今回は夏の筑前内野-冷水峠-筑前山家-原田(はるだ)間の写真を集めた。冷水峠は峠のトンネルの前後が25‰の急勾配で、貨物列車にはほとんど補機がついていた。

戻る
筑前内野駅 C55 【昭和40年8月】
上り若松行き普通列車が下り熊本行き急行「天草」と交換待ち。「天草」は数ある関西発九州行きの急行列車の中で、唯一筑豊線を経由する列車だった。


筑前内野駅 D60 【昭和40年8月】】
やってきた本務機DD51「天草」の後補機は後ろ向きでガッカリ。


筑前内野駅 D60とC55 【昭和40年8月】
この時の他に2回見たがいずれも前向きで押していた、残念。


戻る
筑前内野 C55 【昭和40年8月】 連続写真1/3
下り原田行き普通列車が峠に向かう。


筑前内野 C55 【昭和40年8月】 連続写真2/3


筑前内野 C55 【昭和40年8月】 連続写真3/3
この煙で窓を開けていれば相当汚れそうだが。


戻る
筑前山家 C55+D60 【昭和42年7月】 連続写真1/4
上りの貨物列車が重連でやってきた。早朝なのでまだ涼しい。


筑前山家 C55+D60 【昭和42年7月】 連続写真2/4
門デフが一番似合う機関車はC55のような気がする。


筑前山家 C55+D60 【昭和42年7月】 連続写真3/4


戻る
筑前山家 C55+D60 【昭和42年7月】 連続写真4/4


原田駅近く C55 【昭和42年7月】
まだ涼しい時間帯、終点原田が近い。


原田駅近く C55 【昭和42年7月】


戻る
筑前山家 D60 【昭和42年7月】 連続写真1/3
上り普通列車。旅客列車牽引はC55ばかりではない。


筑前山家 D60 【昭和42年7月】 連続写真2/3


筑前山家 D60 【昭和42年7月】 連続写真3/3


筑前山家 D50 【昭和42年7月】 連続写真1/4


戻る
筑前山家 D50 【昭和42年7月】  連続写真2/4
下り普通列車


筑前山家 D50 【昭和42年7月】  連続写真3/4


筑前山家 D50 【昭和42年7月】 連続写真4/4


筑前山家 C55 【昭和42年7月】
デッキのドアを開け放ち、快走する上り普通列車。


戻る
筑前山家 C55 【昭和42年7月】
汽笛吹鳴!


原田駅近く C55 【昭和42年7月】
暑くなってきた、下り普通列車が行く。


筑前内野 C55 【昭和42年7月】 連続写真1/3
冷水峠に向かう下り普通列車。


戻る
筑前内野 C55 【昭和42年7月】 連続写真2/3


筑前内野 C55 【昭和42年7月】 連続写真3/3


筑前内野 D50+D60 【昭和42年7月】 連続写真1/4
D50とD60重連の下り貨物列車。


筑前内野 D50+D60 【昭和42年7月】 連続写真2/4
峠の前後は25‰の急勾配があり、貨物列車は殆んどが重連だった。


戻る
筑前内野 D50+D60 【昭和42年7月】 連続写真3/4


戻る
筑前内野 D50+D60 【昭和42年7月】 連続写真4/4
この先が冷水峠のトンネル。


《筑豊線は別の機会にあと7回程度に分けて掲載します》

inserted by FC2 system