「蒸気機関車がいた時代」

肥薩線 人吉

旧鹿児島本線でもあった肥薩線はいろいろな顔を持っている。八代から球磨川に沿って人吉に至る川沿いの道、人吉から矢岳を越えて吉松に至る天嶮の道、そして吉松から日豊本線隼人に続く穏やかな山里の道、その印象は大きく異なり何れも個性的だ。
今回は肥薩線人吉駅を中心に川沿いの道も数枚加えました。

戻る
人吉機関区 【昭和40年7月】
初めて大畑(おこば:Wiki)に行った昭和40年の夏、人吉機関区に寄った。集煙装置・重油併燃装置つきのD51が次の仕業までしばしの休息中。


人吉機関区 【昭和40年7月】
湯前線と肥薩線八代までを走っていた8620もいた。


人吉機関区 【昭和40年7月】
クレーンで吊り上げたホッパーから石炭を降ろしている。


人吉機関区 【昭和40年7月】
この炎天下、その石炭を均している。蒸気機関車を走らせるために、たくさんの作業があった。


人吉機関区 【昭和40年7月】


戻る
場所不明 C57 【昭和42年7月】
一度だけ通称「川線」でも撮った。球磨川沿いの線路が人吉盆地の入口まで続く。


段-坂本 【昭和42年7月】
夏の多客期のせいか急行「えびの」の編成が長い。   
場所不明としていましたが、八代在住のU様より現地のストリートビュー画像をいただき、山の形が全く同じで段-坂本と判明しました。この写真の眼前を九州自動車道の橋脚が横断している驚くべきものでした。U様、ありがとうございました。1枚前の写真も同じ日に続けて撮っていますので、確認はできませんでしたが「段」周辺かと思います。


人吉駅 C57 【昭和46年11月】
ここからは昭和46年秋の撮影。大畑・真幸で数日撮った後に人吉駅で午後の半日撮った。


人吉駅 C57 【昭和46年11月】
人吉16:03始発の八代行き838列車が発車待ちで停車中。


   
 人吉駅 C57 【昭和46年11月】  


 
人吉駅 C57 【昭和46年11月】


人吉駅 C57 【昭和46年11月】


人吉駅 D51 【昭和46年11月】
吉松行き843混合列車の後補機が気合十分で発車時刻を待つ。


人吉駅 D51 【昭和46年11月】
構内に安全弁が噴き出す音が響く。


人吉駅 D51 【昭和46年11月】


人吉駅 D51 【昭和46年11月】
人吉機関区は砲金製の美しい区名札だった。


人吉駅 D51 【昭和46年11月】
間もなく闘いの幕が開く。


人吉駅 D51 【昭和46年11月】
発車!本務機の汽笛に間髪を入れず呼応して鋭く野太い汽笛が構内に響く。


人吉駅 D51 【昭和46年11月】
小さな子供はみんな汽車が大好きだった。


人吉駅 D51 【昭和46年11月】


人吉駅 D51 【昭和46年11月】


人吉駅 D51 【昭和46年11月】
人吉からの下りは殆んどが混合列車で、客車は先頭の1輌のみだった。石炭を満載した本務機のD51が連結される。


人吉駅 D51 【昭和46年11月】
盛り上げられた石炭が厳しい闘いを予感させる。


人吉駅 D51 【昭和46年11月】  


 
戻る
人吉駅 D51 【昭和46年11月】


 
【肥薩線は他に「肥薩線 矢岳越え」で10回ほど、「肥薩線 吉松-隼人」で2回ほど掲載予定です】  

肥薩線 大畑・真幸 -盛夏-」 2012. 4/1〜7/31


 
inserted by FC2 system