「蒸気機関車がいた時代」 函館駅 |
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函館駅は特別な駅で青函連絡船を抜きには語れない。夜の青森駅では連絡船の桟橋通路を進みつつ北海道に渡るんだという高ぶる気持ちを毎回感じていた。深夜便で明け方の函館に着き「おおぞら」「北海」の2本の特急が並んで迎えてくれる豪華シーンに毎回しびれていた。 |
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函館桟橋 【昭和47年3月】 | |
27便は函館に23:00着、タグボートを待っているところだろうか. |
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函館桟橋 【昭和47年3月】 | |
タラップを架けている. |
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函館桟橋 【昭和47年3月】 | |
赤帽さんを先頭に下船が始まる. |
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函館桟橋 【昭和47年3月】 | |
接続の「すずらん6号」の寝台券・指定席席券を持っている乗客は落ち着いたものだが 、自由席利用客は少しでも良い席を確保するため桟橋を早足で急いだものだった. |
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函館桟橋 【昭和47年3月】 | |
荷物を下げて桟橋を乗船口に向う乗客、潮の香りが旅情を誘う. |
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函館桟橋 【昭和47年3月】 | |
0:05発の12便の乗船開始.あらかじめ書いておいた乗客名簿を係員に渡すときは誰しも一抹の不安が胸をよぎったものであった. |
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函館駅 【昭和44年3月】 | |
27便からの客を乗せ待機中のすずらん6号.発車まで20分程. |
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函館駅 【昭和44年3月】 | |
先頭にはC62 44号機. |
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函館駅 【昭和44年3月】 | |
函館駅 【昭和44年2月】 | |
夜明け前の函館駅.右に4:40発の1D「おおぞら」左に4:45発の11D「北海」、わずか5分差で長万部まで続行運転となる. さらに左には5:05発の101D「ニセコ1号(旧ライラック)」も見える. |
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函館駅 【昭和44年2月】 | |
函館山の航空障害灯が見える. |
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函館駅 【昭和44年2月】 | |
函館駅 【昭和44年2月】 | |
「おおぞら」は札幌までは堂々たる12両編成. |
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函館駅 【昭和44年2月】 | |
運転室に挨拶して正面から撮らせていただく.発車まであと15分. |
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函館駅 【昭和44年2月】 | |
函館駅 【昭和41年3月】 | |
札幌からの夜行列車「たるまえ」が到着. |
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函館駅 【昭和41年3月】 | |
11:15発の網走・釧路行き併結の101D「おおとり」. 右奥に停泊中の青函連絡船が見える. |
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函館駅 【昭和43年3月】 | |
停泊中の羊蹄丸. |
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函館駅 【昭和44年2月】 | |
14:15発の103列車急行「ニセコ3号」の牽引機はC62 2号機だった. |
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函館駅 【昭和44年2月】 | |
函館駅 【昭和44年2月】 | |
函館駅 【昭和44年2月】 | |
連絡船からの客を待つ間に客車を暖めておかなければならない. |
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函館駅 【昭和44年2月】 | |
向かいのホームには5分先発する室蘭本線千歳線経由旭川行きの「すずらん2号」が停車中.ここでの5分差が札幌到着では61分に拡大する. |
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函館駅 【昭和43年3月】 | |
ヨンサントー前なのでまだ「ていね」の時代.106列車は16:09着.内地へと運搬される荷物が山のように積み上げられている. |
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五稜郭駅前 【昭和44年3月】 | |
五稜郭機関区でD52を撮り、ついでに気になっていた函館市電に初めて乗り函館駅へ向かった. |
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五稜郭駅前 【昭和44年3月】 | |
五稜郭駅前 【昭和44年3月】 | |
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函館駅前 【昭和43年2月】 | |
夜行列車に乗る前に少しだけ撮る. |