「蒸気機関車がいた時代」

五能線 昭和47年3月1日

 最後の北海道訪問の昭和47年3月、それまでの寄り道は花輪線が多かったが最後のチャンスなので初めて五能線に寄ることに決め、2月29日上野19:34発の急行「津軽1号」に乗った。

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能代駅 58666 【昭和47年3月1日】 連続写真1/3  
「津軽1号」で東能代7:10着、7:27発の五能線経由弘前行き1927Dに乗り換え、次の能代駅で深浦5:35発の722列車と交換.
この722列車は通勤通学列車のようで客車を8両も牽いている


 
 
能代駅 58666 【昭和47年3月1日】 連続写真2/3  


 
 
能代駅 58666 【昭和47年3月1日】 連続写真3/3  


 
 
駅不明 【昭和47年3月1日】  
向能代、北能代、鳥形駅のうちのどこかだが不明


 
 
沢目-鳥形 58666 【昭和47年3月1日】  
1927Dを沢目で下車.沢目8:41着の折り返し東能代行きの普通列車がやってきた.


 
 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  
沢目終着後、機関車を東能代方に移動する.


 
 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  
8620はこちらの線路を機回りに使い先頭に来る。


 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】


沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  


 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  


 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  


 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  


 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  


 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】
3輌の客車を切り離し、留置線に押し込んでいる。この3輌は明日の深浦始発の722列車に増結するようだ.


 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  
残された5輌の客車に連結、9:04発東能代行きとなる.


 
 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  


 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】
発車待ち.


沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  


沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  
乗客が少しずつやってくる.


沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  


 
 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  


 
 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  


 
 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  
9:04発折り返しの東能代行き発車.


 
 
沢目駅 58666 【昭和47年3月1日】  


 
 
場所不明 18677 【昭和47年3月1日】  
 沢目12:43発の1739混合列車で残りの全線踏破へ.冬の五能線というと雪が吹きすさぶ日本海沿いを8620の牽く混合列車が行くというイメージがあったが、この日の日本海は穏やかだった.


 
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場所不明 18677 【昭和47年3月1日】  


 
 
北金ヶ沢駅 18677 【昭和47年3月1日】  
この列車は北金ヶ沢駅を15:32発、通学列車のようだ.


 
 
川部駅 18677 【昭和47年3月1日】  
夜行の疲れでぐっすり寝てしまったようで北金ヶ沢から川部の間の写真が1枚もない.川部17:40着で19分停車、終着の弘前はもうすぐだ.


 
 
川部駅 18677 【昭和47年3月1日】  


 
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川部駅 18677 【昭和47年3月1日】  
このあと18:00発の637列車で青森へ、そして青函連絡船27便で最後の北海道へ渡った.

五能線は、このときが最初で最後の訪問となった.
 
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